、去年の始から貴方はあれの世話に成つてをつたのですか」
「私はあんな人の世話なんぞには成りは致しません!」
「はあ? さうですか。世話に成つてゐたのぢやないのですか」
「いいえ、貴方。唯お座敷で始終呼れますばかりで」
「ああ、さうですか! それぢや旦那《だんな》に取つてをつたと云ふ訳ぢやないのですか」
 女は聞くも穢《けがらは》しと、さすが謂ふには謂れぬ尻目遣《しりめづかひ》して、
「私には、さう云ふ事が出来ませんので、今までついにお客なんぞを取つた事は、全然《まるつきり》無いんで御座います」
「ああ、さうですか! うむ、成程……成程な……解りました、好く解りました」
 狭山は俯《うつむ》きゐたり。
「それではかう云ふのですな、貴方は勤《つとめ》を為てをつても、外の客には出ずに、この人|一個《ひとり》を守つて――さうですね」
「さやうです」
「さうして、余所《よそ》の身請を辞《ことわ》つて――富山唯継を振つたのだ! さうですな」
「はい」
 ※[#「※」は「倏」の「犬」の代わりに「火」、450−14]忽《たちまち》に瞳《ひとみ》を凝《こら》せる貫一は、愛子の面《おもて》を熟視して止《や》まざりしが、やがてその眼《まなこ》の中に浮びて、輝くと見れば霑《うるほ》ひて出づるものあり。
「嗚呼《ああ》……感心しました! 実に立派な者です! 貴方は命を捨てても……この人と……添ひたいのですか!」
 何の故《ゆゑ》とも分かず彼の男泣に泣くを見て、両個《ふたり》は空《むなし》く呆《あき》るるのみ。
 貫一が涙なるか。彼はこの色を売るの一匹婦《いつひつぷ》も、知らず誰《たれ》か爾《なんぢ》に教へて、死に抵《いた》るまで尚《なほ》この頼《よ》り難《がた》き義に頼《よ》り、守り難《かた》き節を守りて、終《つひ》に奪はれざる者あるに泣けるなり。
 其の泣く所以《ゆゑん》なるか。彼はこの人の世に、さばかり清く新くも、崇《たふと》く優くも、高く麗《うるはし》くも、又は、完《まつた》くも大いなる者在るを信ぜざらんと為るばかりに、一度《ひとたび》は目前《まのあたり》睹《み》るを得て、その倒懸の苦を寛《ゆる》うせん、と心|※[#「※」は「くさかんむり+熱」、451−6]《や》くが如く望みたりしを、今却りて浮萍《うきくさ》の底に沈める泥中の光に値《あ》へる卒爾《そつじ》の歓極《よろこびきは》まれれば
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