母《おつか》さんは傍《そば》から『ちやほや』して、そりや貴方、真面目《まじめ》ぢや見ちやゐられないお手厚《てあつ》さ加減なんだから、那奴は図に乗つて了つて、やあ、風呂を沸《わか》せだ事の、ビイルを冷《ひや》せだ事のと、あの狭い内へ一個《ひとり》で幅を為《し》やがつて、なかなか動《いご》きさうにも為ないんぢやありませんか。
 私は全で生捕《いけどり》に成つたやうなもので、出るには出られず、這箇《こつち》の事が有るから、さうしてゐる空《そら》は無し、あんな気の揉《も》めた事は有りはしない――本当《ほんと》にどうせうかと思つた。ええ、なあに、あんな奴は打抛出《おつぽりだ》して措《お》いて、這箇《こつち》は掻巻《かいまき》を引被《ひつかぶ》つて一心に考へてゐたんですけれど、もう憤《じ》れたくて耐らなくなつて来たから、不如《いつそ》かまはず飛出して了はうかと、余程《よつぽど》さう念つたものの、丹子《たんこ》の事も、ねえ、考へて見りや可哀《かはい》さうだし、あの子を始め阿母さんまで、私ばかりを頼《たより》に為てゐるものを、さぞや私の亡《な》い後には、どんなにか力も落さうし、又あの子も為ないでも好い苦労を為なけりやなるまいと、そればかりに牽《ひか》されて、色々話も有るものだから、あの子の阿母さんにも逢つて遣りたし、それに、私も出るに就いちや、為て置かなけりやならない事も有るし為るので、到頭|遅々《ぐづぐづ》して出損《でそこな》つて了つたんです。
 さうすると、どうでせう、まあ、那奴はその晩二時過までうで付[#「うで付」に傍点]いてゐて、それでも不承々々に還《かへ》つたのは可い。すると翌日《あくるひ》は半日阿母さんのお談義が始まつて、好加減に了簡《りようけん》を極めろでせう。さう言つちや済まないけれど、育てた恩も聞飽きてゐるわ。それを追繰返《おつくりかへ》し、引繰返《ひつくりかへ》し、悪体交《あくたいまじ》りには、散々聴せて、了局《しまひ》は口返答したと云つて足蹴《あしげ》にする。なあに、私は足蹴にされたつて、撲《ぶた》れたつて、それを悔いとは思やしないけれど、這箇《こつち》だつて貴方と云ふ者が有ると思ふから、もう一生懸命に稼《かせ》いで、為るだけの事は丁《ちやん》と為てあるのに、何ぼ慾にきりが無いと謂つても、自分の言条《いひじよう》ばかり通さうとして、他《ひと》には些《ちつと》で
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