までよりは一層|苦《くるしみ》を受けるのは知れてゐる。その中で俺は活きてゐて何を為るのか。
人たるの道を尽す? 人たるの行《おこなひ》を為る? ああ、※[#「※」は「勞/心」、398−13]《うるさ》い、※[#「※」は「勞/心」]い! 人としてをればこそそんな義務も有る、人でなくさへあれば、何も要らんのだ。自殺して命を捨てるのは、一《いつ》の罪悪だと謂《い》ふ。或《あるひ》は罪悪かも知れん。けれども、茫々然《ぼうぼうぜん》と呼吸してゐるばかりで、世間に対しては何等《なにら》の益するところも無く、自身に取つてはそれが苦痛であるとしたら、自殺も一種の身始末《みじまつ》だ。増《ま》して、俺が今死ねば、忽《たちま》ち何十人の人が助り、何百人の人が懽《よろこ》ぶか知れん。
俺も一箇《ひとり》の女|故《ゆゑ》に身を誤つたその余《あと》が、盗人《ぬすと》家業の高利貸とまで堕落してこれでやみやみ死んで了ふのは、余り無念とは思ふけれど、当初《はじめ》に出損《でそくな》つたのが一生の不覚、あれが抑《そもそ》も不運の貫一の躯《からだ》は、もう一遍|鍛直《きたへなほ》して出て来るより外《ほか》為方が無い。この世の無念はその時|霽《はら》す!」
さしも遣る方無く悲《かなし》めりし貫一は、その悲を立《たちどこ》ろに抜くべき術《すべ》を今覚れり。看々《みるみる》涙の頬《ほほ》の乾《かわ》ける辺《あたり》に、異《あやし》く昂《あが》れる気有《きあ》りて青く耀《かがや》きぬ。
「宮、待つてゐろ、俺も死ぬぞ! 貴様の死んでくれたのが余り嬉いから、さあ、貫一の命も貴様に遣る! 来世《らいせ》で二人が夫婦に成る、これが結納《ゆひのう》だと思つて、幾久《いくひさし》く受けてくれ。貴様も定めて本望だらう、俺も不足は少しも無いぞ」
さらば往きて汝《なんぢ》の陥りし淵《ふち》に沈まん。沈まば諸共《もろとも》と、彼は宮が屍《かばね》を引起して背《うしろ》に負へば、その軽《かろ》きこと一片《ひとひら》の紙に等《ひと》し。怪《あや》しと見返れば、更に怪し! 芳芬《ほうふん》鼻を撲《う》ちて、一朶《いちだ》の白百合《しろゆり》大《おほい》さ人面《じんめん》の若《ごと》きが、満開の葩《はなびら》を垂れて肩に懸《かか》れり。
不思議に愕《おどろ》くと為れば目覚《めさ》めぬ。覚むれば暁の夢なり。
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