は跂返《はねかへ》さんと為《せ》しが、又|抑《おさ》へられて声も立てず。
「間さん、貴方、私の申上げた事をば、やあ道ならぬの、不義のと、実に立派な口上を有仰《おつしや》いましたでは御座いませんか、それ程義のお堅い貴方なら、何為《なぜ》こんな淫乱《いんらん》の人非人《にんぴにん》を阿容《おめおめ》活《い》けてお置き遊ばすのですか。それでは私への口上に対しても、貴方男子の一分《いちぶん》が立たんで御座いませう。何為《なぜ》成敗は遊ばしません。さあ、私|決《け》してもう二度と貴方には何も申しませんから、貴方もこの女を見事に成敗遊ばしまし。さもなければ、私も立ちませんです。
間さん、どう遊ばしたので御座いますね、早く何とか遊ばして、貴方も男子の一分をお立てなさらんければ済まんところでは御座いませんか。私ここで拝見致してをりますから、立派に遣つて御覧あそばせ。卒《いざ》と云ふ場で貴方の腕が鈍つても、決して為損《しそん》じの無いやうに、私|好《よ》い刃物《きれもの》をお貸し申しませう。さあ、間さん、これをお持ち遊ばせ」
彼の懐《ふところ》を出でたるは蝋塗《ろぬり》の晃《きらめ》く一口《いつこう》の短刀なり。貫一はその殺気に撲《うた》れて一指をも得動かさず、空《むなし》く眼《まなこ》を輝《かがやか》して満枝の面《おもて》を睨《にら》みたり。宮ははや気死せるか、推伏《おしふ》せられたるままに声も無し。
「さあ、私かうして抑へてをりますから、吭《のど》なり胸なり、ぐつと一突《ひとつき》に遣《や》つてお了《しま》ひ遊ばせ。ええ、もう貴方は何を遅々《ぐづぐづ》してゐらつしやるのです。刀の持様《もちやう》さへ御存じ無いのですか、かうして抜いて!」
と片手ながらに一揮《ひとふり》揮《ふ》れば、鞘《さや》は発矢《はつし》と飛散つて、電光|袂《たもと》を廻《めぐ》る白刃《しらは》の影は、忽《たちま》ち飜《ひるがへ》つて貫一が面上三寸の処に落来《おちきた》れり。
「これで突けば可《よ》いのです」
「…………」
「さては貴方はこんな女に未《ま》だ未練が有つて、息の根を止めるのが惜くてゐらつしやるので御座いますね。殺して了はうと思ひながら、手を下す事が出来んのですね。私代つて殺して上げませう。何の雑作も無い事。些《ちよつ》と御覧あそばせな」
言下《ごんか》に勿焉《こつえん》と消えし刃《やいば》
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