の二度なるよりはこの三度《みたび》に及べるを、径廷《をこがまし》くも廻らぬ筆の力などを以《も》て、旧《むかし》に返し得べき未練の吾に在りとや想へる、愚なる精衛の来《きた》りて大海《だいかい》を填《うづ》めんとするやと、却《かへ》りて頑《かたくな》に自ら守らんとも為なり。
さりとも知らぬ宮は蟻《あり》の思を運ぶに似たる片便《かたたより》も、行くべき方には音づるるを、さてかの人の如何《いか》に見るらん、書綴《かきつづ》れる吾誠《わがまこと》の千に一つも通ずる事あらば、掛けても願へる一筋《ひとすぢ》の緒《いとぐち》ともなりなんと、人目あらぬ折毎には必ず筆採《ふでと》りて、その限無き思《おもひ》を写してぞ止まざりし。
唯継は近頃彼の専《もつぱ》ら手習すと聞きて、その善き行《おこなひ》を感ずる余《あまり》に、良き墨、良き筆、良き硯《すずり》、良き手本まで自ら求め来ては、この難有《ありがた》き心掛の妻に遣《おく》りぬ。宮はそれ等を汚《けがら》はしとて一切用ること無く、後には夫の机にだに向はずなりけり。かく怠らず綴《つづ》られし文は、又|六日《むゆか》を経て貫一の許《もと》に送られぬ。彼は四度《よたび》の文をも例の灰と棄てて顧ざりしに、日を経《ふ》ると思ふ程も無く、五度《いつたび》の文は来にけり。よし送り送りて千束《ちつか》にも余れ、手に取るからの烟《けむ》ぞと侮《あなど》れる貫一も、曾《かつ》て宮には無かりし執着のかばかりなるを謂知《いひし》らず異《あやし》みつつ、今日のみは直《すぐ》にも焚《や》かざりしその文を、一度《ひとたび》は披《ひら》き見んと為たり。
「然し……」
彼は輙《たやす》く手を下さざりき。
「赦《ゆる》してくれと謂ふのだらう。その外には、見なければ成らん用事の有る訳は無い。若《も》し有ると為れば、それは見る可からざる用事なのだ。赦してくれなら赦して遣《や》る、又赦さんでも既に赦れてゐるのではないか。悔悟したなら、悔悟したで、それで可い。悔悟したから、赦したからと云つて、それがどうなるのだ。それが今日《こんにち》の貫一と宮との間に如何《いか》なる影響を与へるのだ。悔悟したからあれの操《みさを》の疵《きず》が愈《い》えて、又赦したから、富山の事が無い昔に成るのか。その点に於《おい》ては、貫一は飽くまでも十年前の貫一だ。宮! 貴様は一生|汚《けが》れた宮ではな
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