み》と悔とは嬉くも今その人の手に在りながら、すげなき烟《けふり》と消えて跡無くなりぬ。
貫一は再び鞄を枕にして始の如く仰臥《あふぎふ》せり。
間《しばし》有りて婢《をんな》どもの口々に呼邀《よびむか》ふる声して、入来《いりき》し客の、障子|越《ごし》なる隣室に案内されたる気勢《けはひ》に、貫一はその男女《なんによ》の二人|連《づれ》なるを知れり。
彼等は若き人のやうにもあらず頗《すこぶ》る沈寂《しめやか》に座に着きたり。
「まだ沢山時間が有るから寛《ゆつく》り出来る。さあ、鈴《すう》さん、お茶をお上んなさい」
こは男の声なり。
「貴方《あなた》本当にこの夏にはお帰んなさいますのですか」
「盆過《ぼんすぎ》には是非一度帰ります。然しね、お話をした通り尊父《をぢ》さんや尊母《をば》さんの気が変つて了つてお在《いで》なのだから、鈴さんばかりそんなに思つてゐておくれでも、これがどうして、円く納るものぢやない。この上はもう唯諦《ただあきら》めるのだ。私《わたし》は男らしく諦めた!」
「雅《まさ》さんは男だからさうでせうけれど、私《わたし》は諦《あきら》めません。さうぢやないとお言ひなさるけれど、雅さんは阿父《おとつ》さんや阿母《おつか》さんの為方《しかた》を慍《おこ》つてお在《いで》なのに違無い。それだから私までが憎いので、いいえ、さうよ、私は何でも可いから、若し雅さんが引取つて下さらなければ、一生|何処《どこ》へも適《い》きはしませんから」
女は処々《ところどころ》聞き得ぬまでの涙声になりぬ。
「だつて、尊父さんや尊母さんが不承知であつて見れば、幾許《いくら》私の方で引取りたくつても引取る訳に行かないぢやありませんか。それも、誰《たれ》を怨《うら》む訳も無い、全く自分が悪いからで、こんな躯《からだ》に疵《きず》の付いた者に大事の娘をくれる親は無い、くれないのが尤《もつとも》だと、それは私は自分ながら思つてゐる」
「阿父さんや阿母さんがくれなくても、雅さんさへ貰《もら》つて下されば可いのぢやありませんか」
「そんな解らない事を言つて! 私だつてどんなに悔《くやし》いか知れはしない。それは自分の不心得からあんな罪にも陥ちたのだけれど、実を謂へば、高利貸の※[#「※」は「(箆−竹−比)/民」、338−17]《わな》に罹《かか》つたばかりで、自分の躯には生涯の疵《きず》を
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