。その頃向坂の手から何したので御座います。究竟《つまり》あの方もその件から論旨免官のやうな事にお成なすつて、又東京へお還りにならなければ為方が無いので、彼方《あちら》を引払ふのに就いて、向坂から話が御座いまして、宅の方へ始は委任して参つたので御座いましたけれど、丁度去年の秋頃から全然《すつかり》此方《こちら》へ引継いで了ふやうな都合に致しましたの。
然し、それは取立に骨が折れるので御座いましてね、ああして止《とん》と遊んでお在《いで》も同様で、飜訳《ほんやく》か何か少《すこし》ばかり為さる御様子なのですから、今のところではどうにも手の着けやうが無いので御座いますわ」
「はあ成程。然し、あれが何で三千円と云ふ金を借りたかしらん」
「それはあの方は連帯者なので御座います」
「はあ! さうして借主は何者ですか」
「大館朔郎《おおだちさくろう》と云ふ岐阜の民主党員で、選挙に失敗したものですから、その運動費の後肚《あとばら》だとか云ふ話でございました」
「うむ、如何《いか》にも! 大館朔郎……それぢや事実でせう」
「御承知でゐらつしやいますか」
「それは荒尾に学資を給した人で、あれが始終恩人と言つてをつたその人だ」
はやその言《ことば》の中《うち》に彼の心は急に傷《いた》みぬ。己《おのれ》の敬愛せる荒尾譲介の窮して戚々《せきせき》たらず、天命を楽むと言ひしは、真に義の為に功名を擲《なげう》ち、恩の為に富貴を顧ざりし故《ゆゑ》にあらずや。彼の貧きは万々人の富めるに優《まさ》れり。君子なる吾友《わがとも》よ。さしも潔き志を抱《いだ》ける者にして、その酬らるる薄倖《はつこう》の彼の如く甚《はなはだし》く酷なるを念ひて、貫一は漫《そぞ》ろ涙の沸く目を閉ぢたり。
第 五 章
遽《にはか》に千葉に行く事有りて、貫一は午後五時の本所《ほんじよ》発を期して車を飛せしに、咄嗟《あなや》、一歩の時を遅れて、二時間|後《のち》の次回を待つべき倒懸《とうけん》の難に遭《あ》へるなり。彼は悄々《すごすご》停車場前の休憇処に入《い》りて奥の一間なる縞毛布《しまケット》の上に温茶《ぬるちや》を啜《すす》りたりしが、門《かど》を出づる折受取りし三通の郵書の鞄《かばん》に打込みしままなるを、この時|取出《とりいだ》せば、中に一通の M., Shigis――と裏書せるが在り。
「ええ、又|寄
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