ぶ》きて起たんと為《す》なり。
「解つても解らんでも可いから、まあ話すだけは話してくれ給へ」
「それを聞いてどう為る。ああ貴様は何か、金でも貸さうと云ふのか。No thank《ノオ サンク》じや、赤貧洗ふが如く窮してをつても、心は怡然《いぜん》として楽んでをるのじや」
「それだから猶《なほ》、どう為てさう窮して、それを又楽んでゐるのか、それには何か事情が有るのだらう、から、それを聞せてくれ給へと言ふのだ」
 荒尾は故《ことさ》らに哈々《こうこう》として笑へり。
「貴様如き無血虫《むけつちゆう》がそんな事を聞いたとて何が解るもので。人間らしい事を言ふな」
「さうまで辱《はづかし》められても辞《ことば》を返すことの出来ん程、僕の躯《からだ》は腐つて了つたのだ」
「固よりじや」
「かう腐つて了つた僕の躯《からだ》は今更為方が無い。けれども、君は立派に学位も取つて、参事官の椅子にも居た人、国家の為に有用の器《うつは》であることは、決して僕の疑はんところだ。で、僕は常に君の出世を予想し、又|陰《ひそか》にそれを祷《いの》つてをつたのだ。君は僕を畜生と言ひ、狂人と言ひ、賊と言ふけれど、君を懐《おも》ふ念の僕の胸中を去つた事はありはせんよ。今日《こんにち》まで君の外には一人《いちにん》の友《フレンド》も無いのだ。一昨年《をととし》であつた、君が静岡へ赴任すると聞いた時は、嬉くもあり、可懐《なつかし》くもあり、又考へて見れば、自分の身が悲くもなつて、僕は一日飯も食はんでゐた。それに就けても、久し振で君に逢つて慶賀《よろこび》も言ひたいと念《おも》つたけれど、どうも逢れん僕の躯《からだ》だから、切《せめ》て陰ながらでも君の出世の姿が見たいと、新橋の停車場《ステエション》へ行つて、君の立派に成つたのを見た時は、何もかも忘れて僕は唯嬉くて涙が出た」
 さてはと荒尾も心陰《こころひそか》に頷《うなづ》きぬ。
「君の出世を見て、それほど嬉かつた僕が、今日《こんにち》君のそんなに零落してゐるのを見る心持はどんなであるか、察し給へ。自分の身を顧ずにかう云ふ事を君に向つて言ふべきではないけれど、僕はもう己《おのれ》を棄ててゐるのだ。一婦女子《いつぷじよし》の詐如《いつはりごと》きに憤つて、それが為に一身を過つたと知りながら、自身の覚悟を以て匡正《きようせい》することの出来んと謂ふのは、全く天性愚劣
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