、その臨終と謂へば、気の毒とも何とも謂ひやうの無い……凡《およ》そ人の子としてこれより上の悲《かなしみ》が有らうか、察し給へ。それに就けても、改心せずに死なしたのが、愈《いよい》よ残念で、早く改心さへしてくれたらば、この災難は免《のが》れたに違無い。いや私はさう信じてゐる。然し、過ぎた事は今更為方が無いから、父の代《かはり》に是非貴方に改心して貰《もら》ひたい。今貴方が改心して下されば、私は父が改心したも同じと思つて、それで満足するのです。さうすれば、必ず父の罪も滅びる、私の念も霽《は》れる、貴方も正い道を行けば、心安く、楽く世に送られる。
成程、お話の様子では、こんな家業に身を墜《おと》されたのも、已《や》むを得ざる事情の為とは承知してをりますが、父への追善、又その遺族の路頭に迷つてゐるのを救ふのと思つて、金を貸すのは罷《や》めて下さい。父に関した財産は一切貴方へお譲り申しますからそれを資本に何ぞ人をも益するやうな商売をして下されば、この上の喜《よろこび》は有りません。父は非常に貴方を愛してをつた、貴方も父を愛して下さるでせう。愛して下さるなら、父に代つて非を悛《あらた》めて下さい」
聴ゐる貫一は露の晨《あした》の草の如く仰ぎ視《み》ず。語り訖《をは》れども猶仰ぎ視ず、如何《いか》にと問るるにも仰ぎ視ざるなりけり。
忽《たちま》ち一閃《いつせん》の光ありて焼跡を貫く道の畔《ほとり》を照しけるが、その燈《ともしび》の此方《こなた》に向ひて近《ちかづ》くは、巡査の見尤《みとが》めて寄来《よりく》るなり。両箇《ふたり》は一様に※[#「※」は「目+是」、284−11]《みむか》へて、待つとしもなく動かずゐたりければ、その前に到れる角燈の光は隈無《くまな》く彼等を曝《さら》しぬ。巡査は如何《いか》に驚きけんよ、かれもこれも各《おのおの》惨として蒼《あを》き面《おもて》に涙垂れたり――しかもここは人の泣くべき処なるか、時は正《まさ》に午前二時半。
[#改頁]
続 金 色 夜 叉
与紅葉山人書
学 海 居 士[#行末より2字上げ]
[#ここから1字下げ]
紅葉山人足下。僕幼嗜読稗史小説。当時行於世者。京伝三馬一九。及曲亭柳亭春水数輩。雖有文辞之巧麗。搆思之妙絶。多是舐古人之糟粕。拾兎園之残簡。聊以加己意焉耳。独曲亭柳
前へ
次へ
全354ページ中208ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング