飛びのいてしまいました。そして自分の前を通り過ぎた汽車を、棒のようになって見送っているのです。籔の影から様子を窺ってた友人は、ほっと安心すると共に、何だか妙に滑稽な気持ちがしたそうです。青春の頃の感情には、何処までも、真剣さと遊戯心とが絡合ってるものと見えますね。今にその男が、どういう顔付をして戻って来るかと、友達は心待ちにしていたそうです。所が男は、じっと線路の傍に棒立になったきり、身動き一つしません。そのうちに、だいぶ暫くしてだったでしょうが、幸か不幸か、反対の方からまた汽車がやって来ました。すると男は、ふらふらと、まるで夢遊病者ででもあるように、線路の上に上っていって、またレールを枕に寝てしまいました。死神にとっつかれてるというんでしょうね。それを見た友人は、驚いて――前の時と後の時となぜそう気持ちが違ったか、自分でも分らないと云っていましたが――大声を立てたそうです。それから俄に走り出したそうです。然し線路までは可なりの距離があります。男は死んだようになって寝ています。汽車は猶予なく近づいて来ます。
友人は遂に、到底間に合わないことをみて取りました。それと同時に、身体が悚んで
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