のの魂を吸い取ったのだ。私の頬の感覚までも吸い取ったのだ。そして今私の魂をも吸い取って※[#「祗」の「示」に代えて「舌」、第3水準1−90−58]ろうとしている。この貪って飽くことを知らない穴が、その底に無限の空間が続いているその闇の穴が、今じっと私を吸いつけようとしている。
 私にはもう魂のない平面的な、現実の堅い皮ばかりしか残されていない。そして裸で震えている一人ぼっちな自分の魂しか残されていない。然し私の魂があの穴なしの闇の穴に吸い取られる前に、私は屹度彼に対して、最期の奮闘をしないではおかない。私にはまだこの屹度という強い意志があるんだ。

 ――その次の火曜に私は一つの武器を持ってカフェーに行った。それは彼が煙草を吸わないことなんだ。その時私は大海の真中に身を投ずるような心地がした。
 私は葉巻を二本途中で買った。一本は袂の中にしまった。そしてカフェーの前に立った時一本に火をつけた。
 私はじっと下腹に力を入れそして拳《こぶし》を握った。それから右手の指に強く※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ葉巻をすーっと吸った。その煙を吹きつけ乍ら
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