有を愛する玉座に着いて、息を潜め思いを凝らしていたのである。
――夕食がすむと私はよく散歩に出かけた。
何時も空の色が黝紺に輝き、そして生物の眼のように光りつつうち震える無数の燈火が、列をなして街路《まち》の両側に流れる。アスファルトを鋪いた真直の通りを、多くの人が黙って通って行く。私が一人、鋭い意識と深い心とに醒《さ》めて歩く時、凡てが私の世界のうちに飛び込み、やがて漉されて私の後ろの闇にとり残されるのであった。
私はラクダの毛織の長いマントを着、大きい鳥打帽を眼深にかぶって、それから頸巻で顔の下半分を包んだ。その頬の感覚が、特殊な私の世界に肉感の温味を与えた。
帰りに私はよく一つのカフェーに立ち寄った。それは広い通りから私の家の在る狭い横町へ入ろうとする所に在った。
私はその前で一寸立ち止まる。そして軽く頭を左に傾げてみる。その時心にさす影が不安な感触を与えない時、私はそのまま扉《ドアー》を押して中に入るのである。
すぐ前に大きい長方形の卓子《テーブル》があり、左手の奥に円いのと四角いのと二つの小さい卓子が並んでいる。蘇鉄と寒梅と松との鉢植がそれらの上に置かれている。
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