ではない。多少の忍耐と根気とがあれば、そして察知の明を以てすれば、比較的容易くなされる。
 殆んど世に忘れられていた唐人お吉を、あらためて蘇生させるに当って、いろいろな反故のたぐいが、如何に重大な役目をしたかを、私は直接当事者たちから聞いたことがある。唐人お吉の最初のそして最も深い研究者たる村松春水氏、並に、唐人お吉を最初にそして最もよく書き生かした十一谷義三郎氏は、いつでもこのことを立証してくれるであろう。種々の記録や口碑よりも、一寸した受取書や走り書の断片などが、お吉の生活の面貌をより多く伝えてくれたそうである。
      *
 田舎の旧家などにいろんな反故が残っているように、都会の街路などには、いろんな話が落ち散っている。何かの談話のついでにもちだされて、一寸微笑を誘ったままで、聞き流され、忘れ去られるような話が、あちらこちらに転っている。誰も頭にとめようとする者はないが、少しく注意してみると、案外、心理の機敏を穿ったものや、性格の圭角を現わしたものが、いくらもある。
 昔、フローベルは、新年の挨拶から、祝儀不祝儀の挨拶、其他、社会生活のきまりきった時に或は事柄に、人が使うきまりきった文句を、一々ノートにとって、それを紋切形字典と名づけた。それには、あらゆる場合に、最も普通の人が最も普通に使う文句が、アルファベット順に配列されていた。そしてそれは、紋切形の習慣に囚われている人間の生活が、如何に愚かしくばかばかしいものであるかを、憤激の念で現わそうとしたものであった。
 こういう紋切形字典――それを想像してみるだけでも、そして一寸でも自分自身を省みてみるならば猶更、おのずから人生の愚劣さに眉が顰めらるるのであるが、それに対抗するものの一つとして、反故に似た種々の小話が、至るところに散らばっている。或は心理の深みを示し、或は性格の多種多様さを示して、人生に一種の立体感を与えてくれないでもない。
 吾々は日常、そういう小話をいくつも耳にしている。積ったら、なかなか葛籠などには盛りきれないだろう。試みに、その二三を手当り次第に取出してみようならば、――
      *
 或る中年の男が、若い芸妓と馴染を重ねて、この女とならば一生を……というところまできた。が何しろ相手は芸妓稼業の身、商売気はなれた心中立にも、裏には裏があるものやも知れず、あれかこれかと、女の心底を、
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング