めたのを見ると、小さくはあるが、湍々していて、仄かな匂いをも持っていた。八百屋から来た蓮の葉に比べると、新しいだけに色艶もよかった。
それだけのことを唯一の収穫にして、私はいつしか蓮鉢を忘れがちになった。年を越して昨年の春、鉢の泥を半ば取換えてやろうかとも思ったが、それもつい不精から時期を過してしまった。そして暖くなるにつれて、鉢の中は油ぎってねちねちしてきたが、それと共に、一つ二つ蓮の巻葉が出だしてきた。強すぎる肥料のしみた泥土の中にも、根だけは生き残っていたものと見える。伸び出した葉は、前年と同じように小さないじけたものだったが、それだけにまた可憐でもあった。私はもう、花は勿論大きな葉をも期待せずに、その小さな葉だけで満足した。
七月の末から、私は妻や子供と一緒に、房州の外海岸へ行って、一夏を其処で過した。盛んに繁茂してる蓮田を見ると、自分の貧弱な鉢が思い出された。そして九月のはじめ家に帰ってきて、私は少なからず驚かされた。庭の鉢から、相当に大きな葉が、七八本も、真直に伸び出していた。
「花は……、」と留守の女中に私は尋ねた。咲かなかったという答えだったが、別に失望もしなかった
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