、陞進するにも行列、多少の例外を除いては、すべて行列ではありませんか。だから、行列がいやな者は、電車に乗らなければいいんです。学校にもはいらず、就職もしなければいいんです。」
「あなた自身はどうします。」
「私ですか。」
 彼は楽しそうに笑った。
「電車に乗ってもよいし、乗らなくてもよいし、どうしましょうか。」
 尋ねかけながら、彼は行列を離れて歩きだした。電車軌道を横ぎって、濠端に出ると、大勢の人が、アメリカ軍の兵士も交って、濠の鯉を見ていた。
 黒鯉を主として、緋鯉やドイツ鯉を交えた群が、まるまると肥って、水中に群がり躍っている。食糧の余りなどが、あちこちから投げ与えられると、鯉はどっと集まってゆき、餌を食いつくすと、また散らばってその辺を泳ぎ遊ぶ。
 楊先生と私は、それらの鯉を、長い間眺めていたのである。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.
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