、「宝塔偈」と「発願」とを誦し終りました。
A女は江口さんの方へ向き直り、見据えるようにしていました。
「ミロクというかた、御存じですか。」
江口さんはふしぎそうにA女の顔を見上げました。
「身禄さんなら、知っています。」
「どういうかたですか。」
そこで江口さんは、身禄さんのことを話し、通りがかりにただなんとなくお時儀をしていることを打ち明けました。
「それで分りました。そのミロクさんは、御近所の土地の火伏せの神です。近々のうちに火事が起るかも知れませんから、大事にならないよう、お詣りをなさいませ。お塩とお米をお供えなさるだけで、結構です。なるべく皆さん大勢で、お詣りなさったが宜しいでしょう。うち捨てておかれては、災難が起ります。わたくしも、近日、お詣りしてあげましょう。」
それでほっと息をついた様子で、A女は頬笑み、姿勢をくずして、ふだんの親しい調子に戻りました。
江口さんはなお、いろいろ相談しました。A女は助言してやりました。それから他愛ない世間話となりました。
ところで、江口さんが住んでいる家というのが、戦争前は下宿屋でもしていたらしい大きな家で、室がたくさんあって
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