な気持になって、今眼覚めたような風を装いながら、頭をもたげ身を起して、彼の視線の方向を辿ってみた。すると其処には、通路を挾んだ一つ後ろの座席に、腰掛の背にもたれて眠っている女の膝を枕にして、五六歳の少女が眠っていた。髪の毛の多い、頬のふっくらとした、一寸可愛い子供だった。
 元来子供を余り好かない私は、期待外れの馬鹿馬鹿しい気持になったが、そのために眠気を取失ってしまって、仕方なしに煙草に火をつけた。すると男は、子供から眼を外らして、私の方をじっと眺めた。私が煙草を二吸いする間、まともに私を見続けた。私は少したじろいだ心地になったが、思い切って尋ねてみた。
「煙草の煙がお嫌ですか。」
「いいえ。」
 口先だけでそう答えて、彼はやはり私から眼を外らさなかった。それに反撥するような気で、私はまた云ってみた。
「どちらまでいらっしゃるんですか。」
「小樽です。」
 それでも彼はまだ私から眼を離さなかった。而もまるで木石《ぼくせき》をでも見るように、私の存在を無視した見方だった。私は嫌な気持になって横を向いたが、生憎それが先程の子供の方だった。そして私は暫く、子供の寝顔を睥みつけてやった。
「あなたは子供がお嫌いのようですね。」
 ぎくりとして振向くと、男はやはりまじまじと私の方を見ていた。
「ええ、余り好きではありません。」と私は無遠慮に答えてやった。
「私はまた子供が大好きでしてね……。」
 後を続けるのかと思って見返すと、彼はただにやにやと薄ら笑いを洩らした。その時私は、彼の薄い唇にしまりのないことを気付いた。そして、その弛んだ薄い唇と曇りとを帯びた眼付とから、変に心を乱された。
「そうですか。」
 自分でも可笑しいほど時経て私は答えた。けれども彼は平気で、すぐ私の言葉に応じた。
「そうです。そのために郷里《くに》へ連れ戻されるんです。可笑しなことがあるものですよ。」
 私はぼんやり彼の顔を見つめた。
「子供を余り可愛がるから、東京に居てはいけないんだそうです。」
 そして彼はまたにやりと薄ら笑いをした。
 私は呆気《あっけ》に取られて、一寸言葉も見付からなかった。然し彼は私を馬鹿にしているのでもなさそうだった。その眼付や口付や笑い方などは、何だか普通でなかったけれど、言葉の調子は落付いた真面目なものだった。私は少し好奇心を動かされた。夜汽車の退屈ざましに私を話相手に
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