隠れても、彼等はまだ私を見送っているだろう。悲しみの夜が暮れ、悲しみの日が明けても、彼等の涙は涸れないだろう。そしてその涙が私の足を縛るのだ。縛られた足を引ずる時、私は途に迷うかも知れないのだ。……自らの足で歩くべく択んだ身には、途に迷うことが罪悪なのだ。
 父母はいつまでも私の父母であれ。そしていつまでも私の肩の上にあれ。私が強くなればなるほど、彼等の心も安らかになるだろう。拒むことはやがて本当に受けんがためなのだ。神にとっては時間はないのだ。そして私にとっても時間はないだろう。然しかく云うのは今恐ろしいのだ。さらば私は、真に恐れを知る者の恐れを以て、暫くは黙って進むのだ。凡てを信じて真直に行くのだ。

 はて知らぬ遠き旅に上った身は――
 木影に憩わず後ろを顧みず、ただ時々は眼をつぶって祈るのだ。
 祈りのうちに過ぎ来し方がそのままはっきり見えて来るのだ。そしてそれが心のうちに生き返って来るのだ。頭の中に遠い後ろの地平線がはっきり見えて来るのだ。一筋の自分の足跡が心の中に返って来るのだ。自らを根こぎにしたる悲しみもそのうちにあれ。父母を拒んだ淋しさもそのうちにあれ。自ら択んで担った
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