こんできて、誰にともなくお辞儀をして、にこにこと笑って、中江と並んで椅子にかけた。
 その時、小泉は、初めて見るかのようにじっとキミ子の上に視線をすえて、短くかりこんだ口髭にちょっと威厳をもたせて、徐ろに諭すように云うのだった。
「少し胃が悪いようですね。それも、食物の用心だけで充分で、薬をのむほどのこともありますまい。そのほか、別に異状はないようです。血圧をはかるにも及ばないでしょう。……ただ、しいて云えば、神経の衰弱が少しあって、そのため過敏になって、ちょいちょい自覚的な故障を覚える……といった程度のものですね。然しそういうことは、忘れてしまうに限りますよ。衰弱と過敏とが一時にくる厄介な代物ですから、気にすればするほど結果は悪くなる、というようなわけで……。」
 そこで彼は一寸微笑をみせて、診察的な眼付を中江の方に移してきた。
「君なんかの方が、よほど病人だよ。りっぱな胃病患者だし、それになお、組織の弛緩てやつで、診察の価値があるね。」
 その言葉が、ぽつりと宙に浮いた。というのは、先程から、医学博士小泉省治の前に、キミ子も中江もへんに神妙になってたところへ、診断が――キミ子を安心
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