び寄せて、賑かに盃を重ねるのだった。彼は大体見栄坊で、世間体もきちんと取繕う方だったので、待合へ不義理をすることなども不愉快だったし、殊に着物の裾のすり切れてることなどは、ひどく気にかかるのだった。
島村陽一が、芸術家らしい乱れた髪で、のっそりした態度で、屈托のないにこにこした顔で、そこに姿を現わした時には、中江はもう可なり銘酊していた。それでも姿勢はくずしていなかった。意識のなかにどこか冴えた部分があって、そこに、綿の覗きだしてる着物の裾がひっかかるのだった。
「呼びだしてすまなかったが……僕ももう酒の飲みじまいだ。」と中江はばかな弱音を吐いた。
「相変らずだね。」
だがいつも変らないのは彼の方だった。嬉しいのでも不服でもなさそうに、ただのんびりして、にこにこしている島村を、中江は感心したように眺めるのだった。貧乏なのは昔からで、それで一向苦にならないらしく、ここの家の勘定だって、もう随分たまった筈らしいなどと、平気な顔をしていた。がそれよりも中江の腑におちないのは、彼と静葉との関係だった。彼は彼女の旦那だというようなそうした間柄ではなく、ただのお客と芸者との立場なのに、それでい
前へ
次へ
全43ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング