っとしていた。
 私達は黙っていた。長い間だった。私は落付いた調子で云った。
「僕の様子が気味悪いんだって? お前は嘘を云ってるね。……然しそれならそれにして置こう。もう尋ねない。だがお前は自分の様子がどんなに気味悪いか、自分で知らないだろう。」
 彼女は何とも答えなかった。それでもやがて、静にまた横になって布団を被った。私もそれきり口を噤んだ。だいぶ暫くたってから、彼女がすすり泣いてるのを私は気付いた。然し黙っていた。今更どうにも仕方がないと思った。
 翌朝私は、悪夢に魘《うな》された後のような気分で床を離れた。自暴自棄の感情が動いていた。一方には軽くはしゃいでる感情もあった。滑稽なおどけた感情もあった。そしてそれらを、白日夢の惑わしい気分が包んでいた。私は自分自身がよく分らなかった。秀子は私に一言も口を利かなかった。私は無関心だった。書斎にぼんやりしていると、壁に掛ってる父の肖像が眼についた。生きてるようにありありと父の姿が浮んできた。……私ははっと卓子を一つ叩いた。そうだ、千代子の写真に逢って来よう! それから先はどうにでも、なるようになるがいい!
 出かける時に、私は秀子へ何か
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