けるんだ?」と私は平気を装った調子で答えた。彼女は私の言葉には頓着なく、先へ云い進んだ。
「あなたは、私に隠していらっしゃることがあるんでしょう?」
 私ももう真剣にならざるを得なかった。卓子の上に両腕を組んで、椅子に坐り直した。
「何を隠してると云うんだ。何にもありはしない。」
「心の中で苦しんでいらっしゃることがあるんでしょう。私にうち明けられないことが……。」
 私には彼女が何を云ってるのか見当がつかなかった。それで、自分の苦しんでいることと云えば、彼女もよく知ってる通り、どうして彼女と喧嘩ばかりしているか、どうしてこう反目し合うようになったのか、そればかりだと云った。これから先はうまくゆかないものか、どうしたら昔のような状態になれるか、そればかり考えてるんだと云った。自分の態度も悪い、然し彼女の態度にも悪い所がある、それをお互に矯正し合ってゆきたいものだと。
 彼女は私の言葉を耳にも入れないかのように、書棚の方へ眼を外らしていたが、然し心では私の底意を窺っていたが、途中で俄に私の言葉を遮った。
「いいえ、そんなことではありません。」
「では何だい? お前が真剣に尋ねる以上、僕も
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