息吐き出すと、初めて現実に返った。やはり秀子自身だった。寝ていたのを起き上って、そっと私の室へ上って来たのであった。私はまた椅子に腰を下した。
「どうしたのだ、そんな姿をして。」と私は云った。
 秀子は私の卓子の横の方へ、他の椅子を引寄せて腰掛けた。暫く黙っていた。落付き払っていた。そしてこう尋ねてきた。
「何を考えていらしたの。」
 私はどう答えていいか分らなかった。彼女はまた云った。
「私がはいって来ると喫驚なすったわね。何を考えていらしたの。」
 いやに真剣なものを、私は彼女のうちに見て取った。そして、つとめて平静を保とうとした。
「だって突然音も立てないではいって来たんじゃないか。僕は初め幽霊かと思った。喫驚するのは当り前さ。」
 彼女は一寸鼻の先で、軽蔑的な笑い方をした。それからまた暫く黙っていた。
「何か用があるのかい。」と私は尋ねた。
「いいえ、何をしていらっしゃるのか一寸見に来たのです。」
 然しすぐその後で、彼女は急に顔を引緊めて、真正面から私に向って来た。
「私は今晩こそ、本当のあなたの心をききたいんです。そしてはっきりときまりをつけたいんです。」
「何のきまりをつ
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