私は嫌になって無理に彼女へ渡す。すると、あんなにいつも抱きたがっていらしたくせに、と彼女は云う。そこで私は二重に封じられてしまうのだ。……封じられた私は、おずおずと子供の方を窺う。子供は母親の膝の上で乳を飲んでいる。私は其処に近寄って、乳房を含んでる可愛いい口元に見とれる。そういう私の様子を見て、彼女は慢らかな皮肉な笑みを眼付に浮べる。それでも私は幸福なのだ。そっと手を差出して、子供の頬辺や乳房を指先でつついては、少しからかってやりたくなる。しまいには、子供の顔と乳房との間に、いきなり自分の顔をつき込もうとする。柔かな肌と温い乳の匂い! すると私の頭は強く押しのけられる。「少し待っていらっしゃい、今飲み初めたばかりだから、」と彼女は云う。私は傍からおとなしく二人の様子を見守る。否それは二人でなくて一人である。子供は彼女の一部分なのである。私は犬が主人の手先を待つようにして、彼女の一部分たる子供が私の愛撫に許し与えられるのを、其処に屈み込んで待つのである。
 斯くて私はいつのまにか、子供に対する権利を凡て、彼女に奪われてしまったのである。而も彼女はそれのみに満足しないで、家庭内のあらゆる
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