てしがなかった。そして、口論の最中に俄に沈黙が落ちて来た。苛ら立った憤りが、じりじりと胸の奥に喰い込んでいった。……とは云え、いつもはそれきりで済むのであったが、不幸にも、丁度その時速達郵便が玄関に投げ込まれた。「速達!」という配達夫の声に、「はい。」と秀子は答えたが、立っては行かなかった。その様子と、「はい。」という返事の落付いた調子とに、私は赫となった。
「取っといで!」と私は怒鳴った。
 秀子は黙っていた。
「取っといでったら!」と私はまた怒鳴った。
 秀子は眉根をぴくりと震わしたまま、じっとしていた。私はじっとして居れなかった。枕を取るが早いか、それを秀子めがけて投げつけた。枕は的を外れて、縁側の障子に当り、障子の中にはまっている硝子を一枚壊した。その物音にみさ[#「みさ」に傍点]子が泣き出した。秀子はそれを抱き取った。私は眼をつぶって仰向けに寝転んだ。
 硝子の壊れた音を聞きつけて、台所からはる[#「はる」に傍点]がやって来た。秀子ははる[#「はる」に傍点]に硝子の破片を掃除さした。そして、はる[#「はる」に傍点]が向うに立ってゆき、子供が眠ってしまった後、秀子は私の方へ坐り
前へ 次へ
全79ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング