しかねた。私を圧倒せんがための武器は、直ちに神聖なる宝と変った。その宝を軽蔑したという見地から彼女は私を攻撃してきた。
「あなたはこの児を誰の児だと思っていらっしゃるの。まるで他人の児のような態度をなさるのね。」と彼女は云い立てた。
「僕とお前との児だ! 然し……。」
 私は先を云い続け得なかった。私が彼女を憎く思う時には、子供をも同時に憎く思う時であった。彼女に対する憤懣の念を、私は子供にまで押し拡げないではいられなかった。秀子は一寸の隙を見て、親戚や友人の家を訪れることがあった。私はよくその留守居の役を勤めてやった。所がともすると、彼女の帰りは予定よりも延びた。子供は乳を欲しがって泣き出した。初めはる[#「はる」に傍点]がお守りをした。夕方近くなると、はる[#「はる」に傍点]は食事の仕度にかかって、私が子守りをした。綺麗なセルロイドの風車を見せたり、護謨の乳首を含ましたり、庭に出たり、座敷の中を飛び廻ったりしたが、しまいには万策つきて、子供を泣くままに任せるより仕方がなかった。秀子は中々帰らなかった。私は憤ろしい心地になっていった。乳の時間も忘れて何処で遊びほうけているのか。子供を
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