す所は、あなたの方がよっぽどヒステリーだわ。」
然し私には、彼女のような感情の使い分けは出来なかった。職業に対する見解の相違や(その当時私は気楽な職があったら勤めてもいいと思って二三の知人に頼んでいた)、隣近所との交際に対する意見の衝突や、広く道徳上の議論などに於て、互のうちに不融和なものを見出す時、私はいつも陰鬱な気分に沈んでしまった。彼女も口を噤んで反抗的な態度を見せた。そういう時でも彼女は、子供に対してにこやかに笑いかけ、少しもわだかまりのない愛撫を示した。私は冷然とそれを見やった。彼女は私の心を見て取って、わざわざ子供を私の方へ差し出したりした。それは私の気分を和らげんがためではなく、子供を武器として私を頭から圧倒せんがためであった。私がなお冷然と構えていると、彼女は一寸皮肉な微笑とも苦笑ともつかない影を、口元に漂わせた。如何に私が反抗しても、最後の勝利は自分にあると確信しているのだ。それが私は癪に障った。子供が母親の膝の上で、そして私のすぐ眼の前で、訳の分らぬ音声を二三言発しても、声を出して笑っても、急にわっと泣き出しても、私は平然として見向きもしなかった。彼女も遂に我慢を
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