。暫くして尋ねだした。
「何が気味が悪いんだ?」
彼女は黙っていた。
「千代子さんの夢をみるのが気味悪いのか。」
彼女は身動きもしなかった。
「僕が千代子さんの夢をみるのが気味悪いのか。」
彼女はやはり身動きもしなかった。
「何が一体気味悪いんだ?」
彼女はじっとしていた。
私は急に気が苛ら立って来た。どんなことを自分が仕出かすか分らないと思った。じりじりと時間が迫ってゆくような心地だった。私は叫び出した。
「云わないのか。何が気味悪いんだ? 黙ってると僕はどんなことをするか分らない。どんなことになるか分らないんだ。云ってごらん!」
彼女は冷たい没感情的な声で云った。
「あなたの様子が気味悪いんです。」
「僕の様子が?……」
私は続けて何か云ってやろうと思ったが、言葉が見付からなかった。じりじりしてきた。然し、私はその時、自分がやはり仰向に寝たままなのを気付いた。仰向にじっと寝たままで叫んでる自分の姿が、私の心にはっきり映じた。そのことが苛ら立った感情を引き緊め澄み切らして、其処に喰い止めてしまった。私は意識が中断されたような透徹した心地になった。彼女は半身を起したままじっとしていた。
私達は黙っていた。長い間だった。私は落付いた調子で云った。
「僕の様子が気味悪いんだって? お前は嘘を云ってるね。……然しそれならそれにして置こう。もう尋ねない。だがお前は自分の様子がどんなに気味悪いか、自分で知らないだろう。」
彼女は何とも答えなかった。それでもやがて、静にまた横になって布団を被った。私もそれきり口を噤んだ。だいぶ暫くたってから、彼女がすすり泣いてるのを私は気付いた。然し黙っていた。今更どうにも仕方がないと思った。
翌朝私は、悪夢に魘《うな》された後のような気分で床を離れた。自暴自棄の感情が動いていた。一方には軽くはしゃいでる感情もあった。滑稽なおどけた感情もあった。そしてそれらを、白日夢の惑わしい気分が包んでいた。私は自分自身がよく分らなかった。秀子は私に一言も口を利かなかった。私は無関心だった。書斎にぼんやりしていると、壁に掛ってる父の肖像が眼についた。生きてるようにありありと父の姿が浮んできた。……私ははっと卓子を一つ叩いた。そうだ、千代子の写真に逢って来よう! それから先はどうにでも、なるようになるがいい!
出かける時に、私は秀子へ何か
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