けられた。私は秀子を家庭内に於ける敵だと看做したのみでなく、また自分の若々しい生命を束縛する軛だと看做し初めた。私のうちに在る遊蕩的な悪魔は、あらゆる女性を享楽するの機会を得ないことに、不満を感じはしなかったが、あらゆる女性を享楽出来ない身分に置かれてるのを、憾みとした。
 私は冷かな評価的な眼で、秀子を――妻という名前で自分を束縛してる秀子を、眺め初めたのである。初めて逢った女ででもあるかのように眺めだしたのである。そして見出したのは、彼女の醜い点ばかりであった。馴れきった眼には、彼女の長所は映らないで、短所ばかりが映ってきた。
 彼女の眼の縁には、薄暗い隈が出来ていた。わりに細いけれども時々非常に魅力ある輝きを見せる彼女の眼は、その下眼瞼の隈のために、殆んど睫毛の柔かな影を失って、極めて露骨な陰険な光りを帯びるようになった。――眉の間までつきぬけていい恰好の鼻は、その先端に意外にも、小さな瘤を一つ拵えて、其処の皮膚にはざらざらした毛穴が開いていた。そして鼻筋の上、眉の間に、時々ヒステリックな皺が寄った。――真白な綺麗な歯並を覗かせる口は、角が引緊ってるために一寸は目立たないけれど、よく見ると不相応に大きかった。その上、上歯と下歯とがかち合って先端で平らに合さってるために、下唇が少しつき出て残忍な相を作り、それに圧迫されて上唇が萎縮していた。――それを包むふっくらとした頬は、肉が落ちたために深い皺を皮下に刻んで、笑う時や緊張した時に、その皺が表面に現われて来て顔全体を卑しくした。――頸から肩から上膊へなだれ落ちてる線は、しなやかで繊細だったが、その先を辿ってみると、腰と腿との間に急な曲線を拵えて、そのまま足先へかけてすぼんでしまい、全体の立像に不安定な危さがあった。手甲の面積に比較すると手指がわりに長いのに、指先がつぶれたように太くて、爪は縦の長さよりも横幅の方が大であった。そのために、元来は美しかるべき手全体が屋守《やもり》のような感じを与えた。そういう彼女は、殆んど一時間置き位には必ず、時には極めて頻繁に、鼻の両側に大きな皺を寄せて顔を渋めながら、簪か櫛かを髪の間に差込んで頭を掻いた。――甘えた調子の時には、上半身をうねうねと揺らしながら、宛もお手玉でもするような調子で左手で袂を弄んだ。屹となった時には、身体を固く保ちながら、両手を一緒に持ち寄って無意識的に指
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