真剣に真面目に、何でも本当のことを答える。うち明けて云ってごらん。」
「私が云い出さなければ、どこまでも隠し通してみようというつもりなんでしょう。でも私にはよく分っています。いくらごまかそうったって、ごまかせるものですか。」
「だから何のことだか云ってごらんと云ってるじゃないか。自分から押しかけてきといて……。」
「図々しいと仰言るんですか。あなたの方がよっぽど図々しいじゃありませんか。」
そして、私達の会話はぐるぐる同じ所を廻るだけで、いつまでも中心に触れてゆかなかった。このままでは例の喧嘩に終るの外はないと思った。そして一挙にきり込んでいった。
「お前は、僕がお前を愛さなくなったとでも云うのか。」
「さあ、どうですか。」と彼女は空嘯いた調子で答えながら、口元に皮肉な皺を寄せた。先刻からの焦燥の念が俄に反感に燃え立ってくるのを私は覚えた。
「愛さなければどうするというんだ!」と私は怒鳴りつけてやった。
「私がどうしようとあなたに関係はありません。」と彼女は答えた。「勝手にその女と一緒におなりなさるがいいわ。」
私は呆気にとられた。茫然と彼女を見つめると、彼女は私の視線の下にじっと唇をかみしめていたが、倭に肩を震わして私の方へ向き直った。
「私はいつまでも厄介者にされていたくありません。出て行けと仰言るならいつでも出て行きます。云われなくったって私の方から出て行きます。」
私は黙っていた。
「その女と結婚なさるがいいわ。けれど私にだって意地があります。どんなことになろうと、その時になって文句を仰言らないように、断っておきますよ。」
私は自分の心が静に落付いてるのを感じた。笑いもしなければ、別に驚かれもしなかった。そして冷かに云った。
「お前は、僕が誰かに恋してるとでも思ってるのか。」
彼女は答えなかった。
「僕ははっきり云っておく、僕には他に恋人なんかありはしない。……然し、お前は一体誰のことを云ってるんだ?」
「あなたは、まだごまかそうとなさるんですか。御自分の心に尋ねてみなさるがいいわ。」と彼女は答えた。
穿鑿的な一種の興味が私のうちに湧いてきた。自分に覚えがないだけに、いやに頭が落付いていた。そして私は、知ってる女性の名前を一々挙げて尋ねた。彼女はそのどれにも、肯否の答えをしなかった。然し私が、「では夢の女なんだろう。」と嘲り気味の言葉を発すると、
前へ
次へ
全40ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング