餅のように滑かな肌、深くくびれた手足、絶えず小さな舌をちらちら覗かしてる真赤な唇、笑う度に見える片頬の靨、真黒な濡んだ眸、澄み切った青い目玉、いろんな渋め顔や笑い顔、何とも云えない乳の匂い、日の光に透し見ると、あるかなきかの金色の産毛、しなやかな髪の毛、……それを見ていると、私は自分の胸にじっと抱きしめたくなるのであった。そしては、如何なる場合をも構わずに子供を抱き取り、また如何なる時をも構わずに子供の頬へ唇を持っていった。然しそういう気持ちは、長く持続するものではなかった。三十分も子供を抱いていると、私はすぐに母親へ返したくなった。嫌がるのを無理に子供の頬へ唇を押しあてていると、やがてふいとその側から離れたくなった。
 私はこういう愛し方を、単に気まぐれの愛し方だとは思わなかった。母親の愛を慢性の愛だとすれば、父親の愛は急性の愛だと思っていた。然し秀子から見ると――慢性の愛に浸り込み、半日でも子供を抱き続けて飽きもせず、傍から大事そうに眺めて楽しんでいる、秀子から見ると、私の愛はでたらめな危険なものだと思われたかも知れない。却って子供を苦しめるものだと思われたかも知れない。そして、それに彼女のずるい性質が更につけ加わったのである。ずるい性質だというのが悪いならば、子供を自分一人で所有したいという母性の本能的な策略なのだ。
 私が子供の頬へ自分の頬を持ってゆく。すると、剃り立ての髯を押しつけるのは痛いからお止しなさい、と彼女は云う。――私が子供の口へ自分の唇を持ってゆく。すると、そんなことをすると乳を飲みたがって困る、その上子供が嫌がってるではありませんか、と彼女は云う。実際子供は私の唇をなめて、嫌な渋い顔をしている。――私は子供を抱き取る。抱いてるだけでは満足しない。子供の眼をいじり、小鼻をいじり、頭を撫で廻す。しまいには子供はむずかり出す。そして結局、母親から子供の機嫌を直して貰うか、または子供の機嫌が直ってももう抱いてるのが嫌になるかする。子供を玩具にするのは止して下さい、と彼女は云う。……彼女の云う所は凡て道理である。私は黙って引込むより外に仕方がない。然し、引込んでる私を此度は彼女の方から追求してくる。一寸便所に行ってくる間、一寸手紙を書く間、抱いていて下さいと云って子供を私に預ける。然し便所から出て来ても、手紙を書き終えても、子供を抱き取ろうとはしない。
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