てことは、実際経験してみなけりゃあ分らない、とそう僕は考えて、其後行きそびれちゃったが……。」
「いや、その方が僕は有難かった。なまじい変なことを云って慰められるよりも、そっと触れないでおかれた方が、どれほどいいか分らない。」
「ふむ、そんなものかなあ。」
「どうして……。」
「どうしてってことはないが……一体どんな気持だい。随分困ったろう。」
「その当座は全く困っちゃった。だが……子供がないのでまあよかったが……何もかも済んでしまって、落付いてしまった後が、どうもいけない。」
「というのは……。」
「何かしら残ってるんでね。」
「そりゃあ残ってるだろうよ。」
「それがね、変なんだ。妻の品物がそこらにあるとか、僕の身の廻りの世話が行届かなくなるとか、そんなことなら当り前の話だけれど……。」
「まだ何かあるのかい。」
「ある。……だが、もうそんな話は止そうよ。」
「話したくないことなら、仕方ないが……。まあいいや、そのうち何もかもよくなるよ。実際人に死なれるってことは、嫌なことだ。僕にも母が死んだ時の覚えがある。然し、いつのまにか、遠い過去のことになってしまうものだよ」
「…………」
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