は分らないかなあ……。」
「…………」
 分ったとも分らないともつかない、うそうそとした彼女の顔を、その姿を、彼は抱きしめて揺ぶってやりたくなった。それを我慢して、彼女の手を取りながら、踵を浮かし、爪先ですっすっと、ダンスの真似をやってのけた。
「いやよ、何をなさるの。」
「ははは、一寸ね……。」
「柄にもないわ。」
 ばかばかしいといったような、それでも嬉しそうな顔を、彼女はしていた。
「ほんとだ、僕には散歩が一番いい。……じゃあ行ってくるよ。」
 そして彼は家を飛び出した。
 ――家庭平和だ。俺は妻を愛してる。
 ――うまくやったな。
 そういう二つの漠然とした思いが、その日一日の遊蕩の予想を、更に愉快なものとなした。

 夕暮の街路――電車が走る、自動車が走る、自転車が走る。通行人の足が早い……。何もかもが行先を急いでいた。
 その中で一人、佐野陽吉はぶらりぶらりと歩いていた。
 ――まだ少し早過ぎるな。
 然しその場合、早過ぎるということは少しも苦にはならなかった。逸楽の予想を楽しむということも、プログラムの中の一つだった。
 街路にも店頭にも、一杯灯がともっていた。慌しい中に
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