、」と咄嗟に、出たらめに、
「まるで海みたいなものだ。」
「え、海……。」
「海が見たくなっちゃった。」
「じゃあ見にいらっしゃいよ。」
「そうだな、今から行って来ようか。だが……。」
「なあに……。」
「まだ暑いし、……。」
「だから、海は涼しくていいんじゃありませんか。」
「そうかしら……。一緒に行こうか。」
「わたし?」睨むような甘えた眼付だった。「行けないことが分ってるものだから……。」
「なぜだい。」
「坊やをどうするの。」
「ああ、子供か。」
「嫌な人ね、白ばっくれて……。行っていらっしゃいよ。」
「うむ……だが、赤ん坊の顔を見てるのもいいようだし……。」
「まあー……。」
赤ん坊は余り好かないと云って、抱きかかえることも少い彼だった。その平素の不満がちらと敏子の眼に閃めくのを、彼はすぐに取上げてみた。
「いや、僕は……赤ん坊の寝顔はひどく好きだよ。何だかこう、人間ばなれした清浄無垢って感じだからね。赤ん坊というものは、始終眠ってると実にいいんだけれど……。」
「それじゃあ、人形も同じじゃありませんか。」
「そうだ、生きた人形……そんなものが生れると素敵だがなあ。」
「ま
前へ
次へ
全34ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング