探し求めずにはいられなくなる。街路《まち》を通ってる女達の顔を、一々覗き込んでることがある。自分でも知らず識らずにだよ。気がついてみると……。」
 武田は眉根に深い皺を刻んで、老人のような額をしていた。
「それじゃあ、少し遊んでみるといいんだよ。」
「ばかな、そんな真剣な道楽が出来るものか。ただ酒だけはよく飲むが、露骨な肉体は堪らない。」
「露骨な肉体……。」
「そうじゃないのか、君は……。」
「僕の……。そんなんじゃないよ。ただ……。」
 佐野は言葉につまった。そうだともそうでないとも云えない気がした。
「鬢附油の匂いなんて、そうじゃないのか。」
「単なる匂いさ。それに、僕はそう遊んでやしないよ。」
「そうかも知れないがね……。」
「いや本当だ、誤解しちゃ困る。あの晩は、どうも話の調子が変だったものだから……。」
「いや……君に逢ってよかった。……度々やって来て、邪魔じゃないか。」
「度々って、まだ……二度きりで……。」
「うん、これからのことさ。」
「いやちっとも……。気が向いたら、毎日でもいいよ。」
「毎日は来ないがね。……実際、君んところの赤ん坊はいい。僕はあれから、どんな赤ん坊だか一つ見てやれと、そんな気になって……。」
「すると、案外上等だったってわけか。」
 佐野は首を縮こめて苦笑したが、武田は落付払っていた。
「上等だかどうだか、そいつあ分らないが……一体赤ん坊というのは、素敵なものなんだね。」
「どうして……。」
「全く自然で生々としてる。」
「当り前じゃないか。」
「然し、随分いじけた赤ん坊だってある。」
「そりゃあ、病気なんだろう。栄養不良とか、どこか悪いとか、兎に角健全じゃないんだ。健全な赤ん坊なら、どんな赤ん坊だって、自然で生々としてる筈だよ。一番生育の盛んな、伸び上ろう伸び上ろうとしてる時なんだから……。」
「いや僕は精神的に云ってるんだ。」
「精神的にだって、肉体的にだって、赤ん坊にとっちゃ同じじゃないか。つまらない解釈なんかつけるから、変なものになっちまうんだ。」
 云ってるうちに佐野は突然腹が立ってきた。何物とも知れないものが、胸の底で湧き立ってきた。
「別に解釈をつけ加えるってわけじゃないが……。全く分らない世界なんだからね。」
「分るも分らないもない、ありのままの世界だよ。」
 暫く黙ってた後で、佐野は敏子を呼んだ。
「え、なあ
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