の真理を利用してる者よりも、利用していない者の方が忙しそうなのは不思議だ。忙しそうな顔、忙しそうな足、疲れたのや元気なのが、尽きることなく往来している。皆何かしら目的を持っている。それらの目的の方向が、あらゆる方面に交錯して、網の目を拵えている。蜘蛛の巣よりも、もっと細かな複雑な網の目だ。その中で僕は深い孤独を感ずる。自由だということは、その複雑な蜘蛛の巣のどの線にも該当しないということだ。そして、蜘蛛のいない蜘蛛の巣を見出すくらい淋しいことはない。僕は孤独で淋しい。空中に無気味な電線の糸を張り渡した蜘蛛は、どこにいるのか。歩道に目的方向の細かな巣を張りつめた蜘蛛は、どこにいるのか。どこにも見出せない。ただ、蜘蛛の巣に露の玉が光るように、きらきら光るものがある。宝石や金銀細工物や、金貨を直接連想させる紙幣などだ。紙幣はちらと姿を見せるだけだが、他のものは、時計屋の店先や宝石商の窓口に、薄い硝子越しに並んでいる。すぐ手の届くところにある。一寸手を差伸べさえすればよいのだ。「惜しいなあ!」この気持は君にも分るだろう。欲しいのではなくて、惜しいのだ。今俺のものにしなかったら、誰かのものになる
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