もりではなかったらしいが、足がひとりでに玄関に向いてしまった。女中にひきとめられるのを振払った。どうしたことか、玄関の出口で、ひょっこり千代次の姿が立現われた。僕は歯をくいしばっていたようだ。彼女は僕の耳に囁いた。
「いろいろ世話になってるものだから……。ご免なさい。あたし好きじゃないのよ。それに、ふく子さんの……。」
 その謎のような言葉だけが耳にのこった。それをかみしめるうちに、どう歩いたか喜久本の前につっ立ってる自分を見出した。それに気がついて我に返った。そして煮え返るような胸を抱いて、しっかり足をふみしめて、歩き去った。依田を殴り倒してる幻想が浮んでくる……。もう千代次が惜しいのではない。黄金の権力が呪わしいのだ。慾望は構わない。他人の慾望を蹂躙する貪慾が敵なんだ。僕を個人主義者だと笑ってはいけない。

 中江は多少興奮していた。村尾は口を噤んでから、妙に萎れていた。
「よし、出かけよう。」
 中江は元気よく立上ると、村尾もそれにつれて機械的に立上った。そして二人は、狭い裏通りを並んで歩いていった。どちらも可なり酔っていた。薄い絹の襟巻をして眼鏡を光らしている中江に比ぶれば、帽
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