また何と感じようと、一切お構いなしに、気の置けない親しい者が前にいるだけで満足して、やたらに饒舌り続ける。それは一種の精神的嘔吐だ。平素は至って無口だが、アルコールのせいで頭脳の平衡が破れると、何かの機縁で内生活の鬱積を吐き出すようになる。この場合、胃袋に停滞してるものを吐き出すために、喉に指先をつき込むような、そんな無理は少しも行なわれない。嘔吐の機縁となるものは、ただ自然の情勢である。こちらの何もかもを受け容れてくれる、遠慮のない、親しみのある顔が、静に微笑んでいてくれれば、それでよい。日向ぼっこをしてるうちにふとむかむかとして、げぶりとやるようなものだ。だから、ふだん無口な村尾がやたらに饒舌ってるとしても、別に不思議ではないが、その饒舌の機縁となった中江の顔が、やがていろんな変化を示してきたのは、注目に価する。初め彼の顔は、穏かにさしてる日脚のようなもので、村尾の精神的嘔吐物を静に受け容れていたが、中途から、次第に能動的な尖端を示すようになった。深く眉根を寄せる、耳を傾けながら空間を凝視する、煙草の吸口を指先で揉みつぶす、唾液をのみこんで唇をかむ、或は、ぼんやり天井を見上る、手先
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