。筆者は昨年末に、十二指腸潰瘍と十二指腸周囲炎との併発症で、病床に横たわる身となった。いろいろ説明を聞くと、随分厄介な病気らしい。
 ところが、治療の効か養生が行届いたせいか、尼子富士郎医学博士が眼を丸くして驚いたほど、超スピードで快癒していった。全快までにはなかなか時日を要するらしいが、平生の生活状態に復るには僅かな日数ですんだ。
 然るに、この病気の原因は実にはっきりしていた。胃酸過多とか胃腸衰弱とかいうのではなく、単なる飲酒過度だ。爾来、筆者はこう主張する。――「病気は酒ですべきものだ。酒が原因の病気は、酒をたちさえすれば、直ちに快癒する。」
 友人たちのうちで、飲酒家は賛成してくれるが、不飲酒家は笑って相手にしない。
 然し、酒を飲まない者が健康を誇るのは、アイルランド人の誇りと同じである。吾人はユダヤ人虐待の汚点を有する歴史の一頁をも持たない、なぜなら、決してユダヤ人を入国せしめなかったからだ、とアイルランド人は誇らかに云う。
 それは一面の真理をもっているし、妙に人を考えこませはするが、次で愉快な微笑を催させるではないか。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論
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