ば、それらの凡てが間違ったものに見えます。勿論、自分自身に見切りをつけて、子供の生長にのみ望を嘱するといったような、隠退的な心境にはいった者は別ですが、そうでない者、まだ自分自身を第一に置いて考えてる者は、妻のそういう態度が心外なものに思われます。第一に、妻が真向に押立ててる偶像――子供――に対して一種の反抗心を起します。第二に、精神的に退歩してゆく妻を、愚劣な女だと軽蔑します。第三に、自分を身動き出来ないようにとする妻へ反抗して、あくまでも自由でありたいと希います。――而も一方に、彼は第一義的な自分の仕事というものを持っています。そして、その仕事に理解のあるやさしい女性の魂を必要とします。そういう女性の魂を欠いた彼の生活は、如何に落寞たるものでしょう? 所謂悟道徹底した者ででもなければ、その落寞さに堪え得ません。大抵の者は、淋しい魂の彷徨者となります。
結婚に次いで来る幻滅《デスイリュージョン》――それが男の大なる躓きです。この躓きを無事に通り越す者は幸です。
然しこんな議論はもう止しましょう。それは理屈では分らないことです。一々切り離して眺むれば全く無意味なような、日常の些細な
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