。正しいかどうかを問うんじゃなくて、本当か嘘かを問うんです。そして、そういう本当の心の方向へ進んでゆけば、結果はどうでも、常に悔いがないと僕は信じています。……君はそう思いませんか。」そして五六歩して、昌作の答えを待たないで、彼は俄に苛立った声で云い続けた。「勿論、先刻あすこから逃げ出した意向には、運命の動きなんか伴わなかったし、それかって、悔いも伴いはしませんが……。」
 昌作は我知らず微笑を洩した。
「けれどその反対に、あすこに残るとしましたら、その意向にもやはり、どちらも伴わないではないでしょうか。」
「そうです。腹を立てちゃ駄目ですね。」
 俊彦はじっと昌作の方を顧みて、五六歩すたすた足を早めた。それからまた足をゆるめながら云った。
「君は……僕は今晩沢子さんから聞いたんですが、九州の炭坑とかへ行こうか行くまいかと、迷ってるそうですね。」
「ええ。」
「そいつはどちらなんです?」
「どちらって?……」
「行く方と行かない方と、どちらに運命の動きが感じられますか。」
 昌作は答えに迷った。
「どちらにも感ぜられないんじゃないですか。」
「ええ。どちらにも感ぜられるようでもあります
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