話の有無を女中に尋ねて、それから冷い心で自分の室にはいった。
 四日目の午後から晩へかけて、片山からという電話が三四度かかった。一度は女中が撞球場までやって来て、昌作の意向を聞いた。探したけれど分らないと云ってくれ、と昌作は答えた。凡ては宮原俊彦に逢ってから! ということが、いつしか彼の頭の中に深く根を張っていた。逢って何になるかは問題でなかった。ただ一生懸命に待ってるために、昌作は知らず識らずそれに囚われていたのである。其他のこと一切は、憂鬱で億劫だった。
 そして偶然にも、丁度その晩八時頃柳容堂からの電話を女中が知らして来た時、昌作は突棒《キュー》を置いてゲーム半ばに立上った。午後から風と共に雨が降り出していた。昌作は傘を手に握ったまま雨の中を飛んで帰った。電話口に立つと、覚えのある沢子の声がした。
「あなた佐伯さん?……じゃあ、すぐに来て下さいよ。今ね……いらしてるから。他に誰もいないわ。すぐにね。」
「今すぐ出かけるよ。……そして……。」
 昌作が何か云おうとするのを待たないで、沢子は「すぐにね」を繰返して電話を切ってしまった。
 昌作は自分の室に戻って、一寸身仕度をして出かけ
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