ると、ごろにゃん、ごろにゃんと、挨拶をするのさ。ごろにゃん、ごろにゃん……。」それを昌作は可笑しな調子で繰返した。「こういう風に二三度口の中でくり返してみ給い。自分も猫になったような気がしてくるから。……僕の生活も猫と同じさ。室の中で猫と二人でじっとしている。猫の眼が細くなってくると、僕も夢想のなかでうっとりとする。猫の眼が急に大きくなると、僕もはっと自分に返る。全く猫の生活だね。」
「だって、あなたは……。」
「仕事もしてると云うんだろう。陸軍の方の飜訳をしたり、時には詩や雑文を綴ってみたりね。然しそんなのは仕事じゃないよ。仕事というのは、それで自分の生活が統一されるもののことなんだ。僕の生活にはまるで統一がない。陸軍の方の『独立家屋』なんていう変な飜訳や、死にかかった病人の脈搏みたいな韻律《リズム》の詩や、不健全な読書や、芝居や球突や、それから、多くは猫の生活、そんなのが、仕事と云えるものかね。僕は自分でも自分に倦き倦きしてるんだ。こんな生活を長く続けてると、どんな憂鬱と倦怠とが押っ被さってくるか、君には想像もつくまい。ロシアの小説によく、退屈でたまらないという人物が出て来るね。け
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