で、少し遠いけれど、九州の時枝さんに頼んで上げたのではありませんか。それをあなたは、考えるに事を欠いて、追っ払うなんて!……。」
 昌作は黙って頭を垂れていた。達子の叱責が落ちかかってくるに随って、眼の中が熱くなってきた。達子の言葉が途切れてから、暫くその続きを待った後で、少し声を震わせながら云った。
「私が悪かったんです。私は心からあなた方二人に感謝しています。けれどもただ、片山さんが何もかも、心の底まで、すっかりのことを云って下さらないような気がしたんです。それは私の僻みだったんでしょう。……もう何にも申しません。行きましょう、九州の炭坑へ。そしてうんと働いてみます。全く私には、仕事を見出すことが第一の……。」
 その時、殆んど突然に、いつも遠くを見つめてるような橋本沢子の眼が、彼の頭にぽかりと浮んだ。瞬間に彼は、或る大きなものに抱きすくめられたようにも、または行手を塞がれたようにも感じた。先が云い続けられなかった。
 彼の表情の変化に、達子は眼を見張った。
「佐伯さん、あなた何か……?」と彼女はやがて云った。
「ええあるんです。」と昌作は吐き出すようにして云い出した。
「私を引き
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