或る本能的な恐怖を感じて、それに抵抗してつっ立った。行ってはいけない! と自ら叫んだ。……彼は足を踏み出すことも足を返すことも、二つながら為し得なかった。
 宛も何かに憑かれたかのように、彼は暫く惘然と佇んでいたが、その時、もやもやとしたなかから、自分をじっと見つめてる俊彦の眼が――あの見覚えのある眼が、浮き出してきた。その力強い視線が、自分の過去をも未来をも見通して、魂をぎゅーっと握りしめてくる……といった心地だった。「いやあれは、俊彦の眼じゃない、俊彦の眼じゃない、」と彼は心に繰返しながら、ふらふらと前へ進みだした。そして数十歩行くと、眼の前が真暗になった。堪え難い頭痛がして、額がかっと熱《ほて》って、胸が高く動悸して、膝に力がなかった。立っておれなくなって、其処に屈んでしまった。傍の何か小高い物に探り寄って、半身をもたせかけてるうちに、気が遠くなるのを覚えた……。
 それは約二十分ばかりの間だったが、昌作は非常に長い時間だったように感じた。気がついてみると、四五人の人影が数歩先に立って見ていた。自分は通りの少し引込んだ所にある埃箱にもたれていた。締りのしてあるらしい裏口の戸と、傍
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