を遣り取りしてるのまでが、何だか変に上の空だった。けれど、彼はその時ぴたりと口を噤んでしまった。沢子の鋭い眼付に出逢ったのだった。彼女の眼には、彼がこれ迄嘗て見たことのないほどの鋭い現実的な――彼には何故となく現実的と感じられた――色が浮んでいた。
「余りこんな強いお酒を飲むからよ。」と彼女は云った。「お水《ひや》を持ってきてあげましょうか。」
 昌作は彼女の眼を見返して、彼女がごまかしを云ってることをはっきり感じた。うっかり返辞が出来ない気がした。沢子は彼の顔をじっと見ていたが、やがて突然叫んだ。
「やっぱりそうよ。あなたは何か苦しんでいらっしゃるに違いないわ。宮原さんの仰言った通りよ。」
「宮原さん……。」昌作は云った。
「ええ、宮原さんはあなたが苦しんでいらっしゃるかも知れないって……。」
 彼女は云いさして唇をかんだ。そして暫く空《くう》を見つめていたが、ふいに立上った。
「私あなたにお見せするわ。」
 沢子が奥に引込んで行く姿と昌作の顔とを、春子は不思議そうに見比べていたが、ふいに奥深い笑みを眼の底に漂わした。
「大丈夫ですよ。心配なさらなくても……。」
 そんなことを云い捨
前へ 次へ
全176ページ中157ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング