すの。でも、利くことも利かないこともあって……それは何かの加減でしょうよ。」
 そう云って春子は眼の隅に小皺を寄せて、如何にも気の善さそうに笑った。
「じゃあ何にもならないわ。私葡萄酒をお燗して飲むといいって聞いたけれど、それと同じことだわ。」
 それから二人の話は、宛も暫く振りで逢った間柄かのように、天気のことや、風のことや、頭の禿のことや、紅茶のことなど、平凡な事柄の上に飛び廻った。昌作は自分自身を何処かに置き忘れたような気持で、黙り込んでぼんやり聞き流していたが、二人の滑かな会話がいつしか心のうちに沁み込んで、しみじみとした薄ら明るい夢心地になった。そして強烈な洋酒の杯をちびりちびりなめてるうちに、心の底に、薄ら明りのなかに、或る影像が浮き上ってきた。その意外な不思議な幻想に自ら気付いたら、彼は喫驚して飛び上ったかも知れないが、然しその時その幻想は、彼の気持にとっては如何にも自然なものだった。
 ――彼は、最後の病気をする少し前の母の姿を思い浮べた。狭い額に少し曇りがあって、束髪の毛並が妙に薄く見えるけれど、ふっくらした皮膚のこまやかな頬や、少し歯並の悪い真白な上歯が、いつも濡い
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