対して、一種敬虔な思慕の念を懐いていた。そして母と禎輔との関係については、別に憤慨の念は覚えなかった。それを彼ははっきり考えたことはなかったが、前から知ってるようでもありまた知らないようでもあった。が何れにしても、それは遠い昔のことだった。けれども彼は、今突然はっきりしてきたその事柄から、深い絶望に似た憂鬱と寂寥とを覚えた。母のことではなく、自分自身のことが、堪え難いほど悲しく淋しかった。沢子、お前だけはいつまでも僕のために輝いていてくれ! そして彼は涙と焦燥とを同時に感じた。然し、慎重にしなければならなかった。といって、愚図愚図してもおれなかった。彼はいろんな方法を考えた。片山達子に凡てを打明けてみようか? ……宮原俊彦にぶつかっていってみようか? ……片山禎輔の力をかりることにしようか? ……沢子の前に身を投げ出してみようか? ……片山夫妻のどちらかを宮原俊彦に逢わしてみようか? ……其他種々? ……然しどれもこれも、ただ事柄を複雑にするばかりで、何の役にも立ちそうになかった。一寸何かが齟齬すれば、凡てががらがらに壊れ去りそうだった。一層ぶち壊してしまったら? ――然しその後で……
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