、何だか嫌な人達だから、あなたが来て下されば、逃げ出すのによい口実になるから、なるべく早く来て下さいって。……丁度いいじゃありませんか。うんと御馳走さしておやりなさいよ。武蔵亭、御存じでしょう。片山の会社のすぐ近くの西洋料理屋。……私も一緒に行きたいけれど、お前が来ちゃあ都合が悪いって、人を馬鹿にしてるわ。」
 達子が平気でそう云うのを見て、昌作はまた一寸変な気がした。彼の頭に、その瞬間に、或る漠然とした疑惑が生じたのだった。禎輔の胸の中に何かがあるのではないかしら? 昌作は先日の禎輔の様子を思い出した。
 暫く考えてから彼は、達子の言葉に従って、兎も角も武蔵亭へ行ってみようと決心した。何かを得らるればそれでよいし、得られなければ上等の洋酒でも沢山飲んでやれ、とそんな気になった。そして、今からではまだ早いと達子が云うのを、下宿に一寸寄って行くからと断って、慌だしく辞し去った。
 彼が立上ると、達子は後から送って来ながら云った。
「後で、明日にでも、どんな話だったか、私に聞かして下さいよ。私一寸気になることがあるから。」
 昌作は振返った。然し彼女は先を云い続けていた。
「でも、何でもな
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