「沢子の気まぐれ」からここまで愚図々々引っ張られて来た自分自身が、なさけなく怨めしかった。沢子に恋しておればこそ!…… そして沢子は、その恋を知りつつどうするつもりなのか?
昌作が次第に首を垂れて考え込んでるうちに、沢子は俊彦の方へ話しかけていた。
「先生、私松本さんの所で、やはりお弟子の小林さんて方と、議論をしましたのよ。」
「何の?」と俊彦は顔を挙げた。
「いつか先生が手紙に書いて下すったでしょう、初めのうちは出来るだけ自己を画面に出しきるがよい、腕が進んでくるに従って、次第に自己が画面から消えて、偉い作品が出来るものだって。私がそう云うと、小林さんはまるで反対の意見なんでしょう。初めは自己を画面には出していけない、腕が進んでくるに従って、本当の自己が画面に現われてきて、立派な作品が出来るものですって。それでさんざん議論をしても、とうとう分らずじまいですから、しまいには松本さん所へ持ちこみましたのよ。」
「すると?」
「何とも仰言らないで、ただ笑っていらしたわ。好きなようにやるがいいだろうって。屹度御自分にもお分りにならないんでしょう。」
「うまく軽蔑されたもんですね。」
「あら、誰が?」
「あなた達がさ。あなた達のその議論は、第一自己というものの見方が違ってるから、いつまで論じたってはてしがつきませんよ。」
「そう、どうしてでしょう?」
「どうしてだか、僕にもお分りになりませんね。……そんなことより沢子さん、僕に絵を一枚くれる約束じゃなかったですか。」
「あら、先生に差上げるようなもの、まだ出来やしませんわ。」
昌作は突然口を出した。
「沢ちゃんの群像って話をお聞きになりましたか。」
その声が、昌作自身でも一寸喫驚したくらい大きかったが、俊彦は別に大して気を惹かれもしないらしく、ただ眼付きだけで尋ねかけてきた。それを沢子は引取って云った。
「あら、そんなでたらめなことを先生の前で……。嘘よ、嘘よ。」そして彼女は何かに苛立ったかのように次第に早口になりながら、而も真面目だかどうだか見当のつかない調子で、云い続けていった。「私記者なんかしたものだから、ここに居てもいろんなことを人に云われて、ほんとに嫌になってしまうわ。誰にも顔を合せないで、一人っきりでいられる仕事はないものかしら? 一日自分一人で黙っていて、勝手なことばかり考え込んでおられたら……。あなたな
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